『三四郎』のあらすじを簡単に【登場人物、感想、テーマまとめ】

この記事は下記のような方におすすめです。

  • 「三四郎」のあらすじを簡単に知りたい。
  • 「三四郎」の読みどころを分かりやすく解説してほしい!(どこを読めばいいのか)
  • 「三四郎」を読んだ人の生の感想を知りたい。

について、説明します。

僕は漱石の小説の中で好きな小説は?と聞かれたら、真っ先に名があがるのがこの『三四郎』。

漱石作品は結構小難しい作品がある中で、純粋にストーリーが面白くて、恋愛だったり友情だったり謎だったりと、令和を生きる僕たちでも全然楽しめる要素があります。

今回はそんな三四郎を解説する小説について詳しく解説していきますね。

『三四郎』がどんな小説を解説!

三四郎って漱石文学ではどんな立ち位置にある作品なの?

1908年(明治41年)9月1日に朝日新聞の連載小説としてはじまりました。

前期三部作の第一作目。

東京大学の英語教師をやめて、専業作家として朝日新聞者に入社してから、「草枕」と「虞美人草」と続く3作品目なんです。

ちなみに新潮文庫で出版されている漱石文学のなかで、売上の高い順に並べると「こころ」→「坊っちゃん」→ 「三四郎」の順番で、 「三四郎」は累計部数としては308万部売れています。

※新潮文庫 累計ベストセラー http://www.1book.co.jp/005544.html

『三四郎』のテーマは?【何を伝えたい作品?】

三四郎は多様な読まれた作品です。

例えば、教養小説、風俗小説、学校小説、青春小説、恋愛小説といった形です。

ただ一般的には三四郎という青年の世界を現実的に描く『青春小説』といわえることが多いです。

小川三四郎という青年が故郷の熊本を出て、東京という「都会」で野々宮宗八、広田萇、佐々木与次郎、という当時「エリート」とと呼ばれる人物=世間離れした人物と触れ合うことで成長する物語なのです。

なお近代は学校を出て、政治の世界に入るなど立身出世することが当時社会的な成功をおさめる証として、青年たちの夢だったんです。

エリートとは例えばカント の超絶唯心論バークレー の超絶実在論 にどうだとか言ったな」というように、俗世間と比べれば浮世離れするほどの知識レベル・知識人同士の会話である点もポイント。

三四郎もその例にもれず、「田舎人」である童貞三四郎が、熊本という故郷(そこは母親などがいる憧憬のまととなる旧世界)を離れて、生きていく形なのです。

『三四郎』を語るキーワードは?

三四郎ってどんな一言で表すとどんな作品なの?

  • ・成長(新しい体験)
  • ・女の謎
  • ・友情
  • ・恋愛

三四郎の豆知識!

新聞連載開始は、大学の新学期のタイミングだった

三四郎が書かれた1908年(明治41年)当時は、9月が大学の新学期がはじまりでした。

そうして三四郎の主人公も、熊本から東京に上京し、東京帝国大学に入学する汽車が冒頭の場面かです。

つまり当時の学生たちは

・主人公の三四郎と自分たちを重ね合わせながら、毎日連載される小説を読んでいたわけです。

いまでいう僕たちのジャンプとかマガジンを読むみたいな感覚で読んでいた感じですかね?

このように新聞掲載のタイミングもめちゃめちゃ計算されていたんです。

あの村上春樹さんが大好きな漱石文学!

ちなみに『スプートニクの恋人』という短編に「なんだか三四郎の冒頭の話みたいだなとそのときに思った」というふうに登場します。

三四郎のあらすじ簡単要約

熊本の第五高等学校を卒業した二十三歳小川三四郎は、東京帝国大学文科大学に入学するため上京する。

物語の始まりは九州を出発し山陽を抜けて、京都から名古屋へと向かう汽車の中。

三四郎は旧世界からの眠りから覚める。

東京では里見美禰子という大学構内の池の端で出会う。

三四郎は美禰子に対して恋心を抱くが、彼女はうぶな三四郎にとって行動から言葉まで全ては謎である。

どうやら彼女は三四郎と同郷の理科大学助手の野々宮宗八に関心があるようだ。

このように謎そのものである彼女に三四郎は惑わされて、翻弄される。

 

美禰子の心を掴むことができないことに苛立ちを覚えながらもついに画家・原ロのアトリエに美禰子を訪ねて想いを伝えようとする。

だが美禰子はそれを遮るように、自分の肖像画が池の端で出会った時の服装、ポーズであることを告げた。

 

それから間もなく美禰子が金縁メガネを掛け、綺麗に剃った男未知の男と婚約したことを知る。

彼は友人であるよし子から持ち込まれた縁談相手である。

最後三四郎は美禰子に会うが、想いを告げることもできずに別れ際に「われは我が意を知る。 我が罪は常に我が前にあり」 と美禰子はつぶjく。

物語のラストは翌春、原口画伯が東京大学の池の端で描いた美禰子の肖像画 「森の女」の展覧会。

与次郎に「どうだ森の女は」と聞かれ、三四郎は「森の女という題が悪い」という。

「じゃ、なんとすればよいんだ」という返答に、三四郎は「ストレイ・シープ」と繰り返して終わる。

『三四郎』の登場人物を解説!

小川三四郎(二十三歳)

明治二十三年(1890年)生まれの福岡県京都郡真崎村出身。

実家は中堅地主。父親は早世しており、母親に女で一つで育てられた一人っ子。

熊本第五高等学校を卒業後、東京帝国大学の文科大学に入学。

駒込追分町にある県人会の寄宿舎に住む。

近代化途上にある東京の様相(=新しい空気)に触れつつは驚き、大学では広田先生 や故郷の先輩・野々宮さん、大学の友人佐々木与次郎といったこれまで知らないタイプの人物と出会い、田舎の狭い世界では体験できない出来事や新しい思想に触れることになる。

ヒロイン美禰子とは、東京帝国大学の池ほとりで出逢い、淡い恋心を抱くが謎めく言葉に翻弄される。

モデルは小宮豊隆

里見美禰子(二十三歳)

西洋化された明治という時代を生きる新時代の女性(近代化女性)

年齢は三四六と同じく二十三歳、独身。

里見家の両親はどちらも今は死んでいる。長兄も早世しているため、 里見家は次兄の里見恭助が相続。(現在は洋風邸に恭助と同居中)

切れ長で二重瞼の黒目が特徴的で、作中では美禰子の特徴として何度も出てくる。(=西洋的象徴?)その目に三四郎ふくめ多くの男性を魅了する。

狐色の魅力的な肌で、服装は和服姿が多い(洋装はあまりしない)

バイオリンを弾き、西洋絵画の展覧会に出歩く。聖書を読み、教会にも通い英語も話せる。絵のモデルもする。

当時の女性の立ち位置から考えれば、最も先端的な女性といえる。

詩的な心をもった彼女は白い雲を眺めて「駝鳥のボーア (襟巻き)」と表現する。

作中では漱石が語る「無意識の偽善家(アンコンシャス ヒポクリット)」という言葉を体現させており、終始三四郎(含めて多くの男性)を好意があるのではと勘違い・惑わせる。

野々宮宗八(三十歳)

東京帝国大学理科大 学出身の物理学者。

三四郎と同郷で勝田の政の従弟である。(年は三四郎よりも年上。)

美禰子の次兄の里見恭助とは高校時代の友人であり、美禰子自身は宗八を結婚相手として意識している。隠れたアプローチを続けていた。

だが理学士として光にも圧力があるという現象を実験で確かめようと、日々研究に追われて夜遅くまで実験室にこもる。

広田先生の教え子である。

モデルは寺田寅彦先生

佐々木与次郎

年齢は三四郎と同年かやや上。

現在は東京帝国大学の選科生で広田先生の家に寄宿している。

大学では三四郎の友人でもあり、指南人でもある。

女性に興味関心がなく、初な三四郎に対して自分が医学生のふりをして女性を騙して捨てた話

社交的な性格で、行動的な性格。

「偉大なる暗闇」(広田先生は才能に溢れた学者である点を褒め称える論文)を世間に発表する。

広田萇(ちょう)

第一高等学校の英語教師を12、13年くらいつとめている。

大変な理論化であり生涯独身を貫く(細君をもらってみないさきから、細君はいかんものと理論で決まっているそう、おそらく若くして女性不信になっている)

あだ名は「偉大なる暗闇」のあだ名。

絶えず哲学の煙を吹かせて、大変な才能を持った人物なのだろうが、世間が彼の存在を知らないから。一冊の著書もない。

三四郎は足繁く、彼の家に通うがその理由は功名心や出生欲を求めない態度がなんとなくのんきで心がいやされるからだ。

広田先生を中心とした本郷界隈の親しい仲間で形成するサロンがあり、そのリーダー格。

かなりの読書家であり、哲学書を好む。原口画伯とも親しい。

野々宮よし子(二十一歳)

野々宮宗八の妹で、東京で暮らしている。故郷に両親はどちらも生きている。

美禰子とは親しい友人。

兄の影響もあり、広田先生のサロンにも入っており交友関係も広い。

彼女も結婚をそろそろ考える時期。一度は三四郎のお嫁さん候補にも。

趣味は、バイオリン、編み物、水彩画。

彼女も近代的な考えをもつ女性。

原口画伯(三十二歳・三歳)

広田先生の友人の画家。

本作では美禰子をモデルに描いた「森の女」が有名。

ちなみに森の女は東京大学本郷キャンパス内にある三四郎池で描いた。

モデルは黒田清輝。

里見恭助(三十歳)

里見家の次兄であり、里見美禰子の実兄。現在独身で三十歳。

東京帝国大学法科出身の法学士。

現在は勤めに出ているが、結婚を

勤め人をしているが、 そろそろ結婚を考える年齢である。

『三四郎』を深読みするポイントを伝授

ここでは読者の皆さんが三四郎を深み読みできるよう、時代背景だとかさまざまな角度から解説して、意識して読んで欲しいところだとかを紹介していきますね。

信じてはならない語り手三四郎

『三四郎』という小説は、基本的に、三四郎の視点から物語が語られていきます。

僕たちは無邪気に読んでいると、彼の言葉をすべて信じて読んでいくでしょう。

ところが『三四郎』には、真を語る語り手(=三四郎よりも、多くのことをより知っている語り手)がおり、三四郎の背後から三四郎を批評的に語ることがあります。

つまり、叙述トリックとして用いられる『信頼できない語り手』=三四郎という図式に本作がなっているんですよね。

例えばそれを僕たちに教えるかのように真の語り手が

学生生活の裏面に横たわる 思想界の活動には毫も気が付かなかった

と三四郎を指摘する有名な箇所があります。

また実際に三四郎も

自分は田舎から出て大学へはいったばかりである。学問という学問もなければ、見識という見識もない。そういえばなんだか、あの女からばかにされているようでもある。

というふうに美禰子に揶揄われたのではないかと、半ば自重的な物言いで語ります。

つまり三四郎はあくまで視点人物という役割に過ぎず、彼の語る言葉をそのまま鵜呑みにしていると、漱石が伝えたい意図を夜見違える可能性があります。

三四郎に登場する美術について

漱石自身はかなり美術に詳しく、ロンドンに留学中にはさまざま西洋美術に触れました。

『三四郎』には下記の2つが有名な絵画作品です。

◆人魚

広田の引越し先の家で、大きな画帖を開き、三四郎と美禰子が眺めていた絵。

絵はマーメイドの図である。裸体の女の腰から下が魚になって、魚の胴がぐるりと腰を回って、向こう側に尾だけ出ている。女は長い髪を櫛ですきながら、すき余ったのを手に受けながら、こっちを向いている。背景は広い海である。

そして二人で《人魚》(マーメイド)と囁き合います。

これはジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによる絵画作品《人魚》です。

三四郎は美禰子の髪から香水のにおいを嗅ぎながらなんとも素敵な作品を眺めていました。

◆森の女

こちらは原口画伯が美禰子をモデルにして描いた作品です。

三四郎の最後に丹青会という展覧会に飾られています。

そこには美禰子と美禰子の夫が二人で見にきていました。

この団扇をかざして立った姿勢がいい。さすが専門家は違いますね。よくここに気がついたものだ。光線が顔へあたるぐあいがうまい。陰と日向の段落がかっきりして――顔だけでも非常におもしろい変化がある

当時の日本はイケイケどんどんの激動時代

三四郎が書かれていた1908年(明治41年)という時代は日本を近代的な国で西洋に負けない国力をつけるために、国をあげて「近代化だ!西洋化だ!」という風潮が強く、国策によっても近代化を推し進めていました。

当然、思想や生活様式が大きく変わっていくものですから、俗にいう「文明開化」的なことで、庶民が着る洋服から食事が異なり、レンガ造りの建物が東京には突如としてたち、ガス燈やランプがあちらこちらにともる・・・なんてことがありました。

だから熊本の田舎から身一つで出てきた三四郎は『都市(そこで歩く人や建物全て含めて)という風景自体』が全て異世界・別の国のように感じたに違いありません。

漱石はこのような急激な近代化を、三四郎でこのように語っています。

明治の思想は西洋の歴史にあらわれた三百年の活動を四十年で繰り返している

実際、急激な価値転換は、いわゆる上部だけの模倣になって、当時は「文明近代的な西洋思想」と、「従来の価値観・東洋的な思想」が混在した形で時代が進んでいきました。

小説冒頭、東京へ向かう汽車の中で、女と田舎の爺さんがしていた会話は、日露戦争後の庶 民の困窮状態を意味しており、一等国になっても庶民は逆に苦しんでいる生活が示されて いる。

それが例えば次に述べる結婚感です。

また第一章でも、汽車の中でまだ名前を明かされていない広田先生は「こんな顔をして、 こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、 一等国になってもだめですね」と言い、 さらに「滅びるね」とまで断言します。田舎から出てきたばかりの三四郎

当時の結婚感と恋愛観を考える

当時は日本は国をあげて西洋化をすすめてはいたのですが、普通の一般ピーピルの生活習慣は、古い体制のままだったんですね。

それを象徴するのが、結婚感。

当時は家父長制度。

相続は長男のみで、次男以下、女性は相続できないんです。

そして家父長制度のもとでは、適齢期をむかえた女性は親が決めた人と結婚させるというのが当たり前なんです。

ただ西洋思想には、自由恋愛の考え方が好きな人と自由に結婚したいという恋愛観もあったわけです。

また女性に対する差別はひどくて、男女不平等がまかり通っていて、今では考えられないですが、「男が尊い」的な価値観が当たり前とされていたのです。

こういった西洋化とは逆行した考えや、与えられた枠組み、矛盾した価値観のなかで、当時の女性はもがいていたのです。

その象徴が美禰子なんですよ。

舞台は日露戦争直後の日本である

三四郎の小説では1905年(明治38年)に勝利を納めた日露戦争後の話です。(日露戦争勝利から3年後のこと)

極東の小国日本は西洋の大国ロシアに勝ったことで、一等国の仲間入りだと浮かれ騒いでいたのです。

ただその勝利の裏では、戦争で払った代償(戦争への出費や流した若者の血)に対して、賠償金はほとんどでず、国力は疲弊していたわけです。

そのツケを払っていたのが国からの重税です。当然ながら国民の不満は爆発していたのです。

漱石自身は将来の日本に対する危惧を置いていたのです。

それが小説『三四郎』の冒頭の下記の髭の男(紳士)と三四郎のやりとりです。

髭の男は、「お互いは哀れだなあ」と言い出した。「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね。もっとも建物を見ても、庭園を見ても、いずれも顔相応のところだが」・・・「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、「滅びるね」と言った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。悪くすると国賊取り扱いにされる。三四郎は頭の中のどこのすみにもこういう思想を入れる余裕はないような空気のうちで生長した。

お互い哀れだなあというのは、「西洋人は美しい」一方で、日本人であるお互い(自分と三四郎)は憐れであるということです。

哀れというのは、 西洋人は近代化した自分たちに自信に満ち溢れている美しい白い色やどうどうした体格である一方、日本人は背が小さく、あばたズラで黄色い肌であるという部分です。

また身体的な特徴だけでなく、文化や技術の部分でも同じです。

つまり西洋に対する強烈な劣等意識とともに、憧れの意識ですね。

髭の男とは後に登場する広田先生なのですが、この言葉は漱石の痛烈な社会批判でもあります。

三四郎の頭の中に「滅びる」という思想を入れられないのは当時の多くの日本人の実感であったわけですが、実際この後、富国強兵を推し進め、韓国併合やら満州国建設などといった無謀な植民地化戦略をとり、最終的に無謀な太平洋戦争に途中にして、ボロ負けする・・・

このように身の丈にあったところで満足せず、無闇矢鱈に膨大した大日本帝国の未来を予想していたとしか思われません。

「とらわれちゃだめだ。」と広田先生がいう言葉がひじょ〜にしみます。

上京小説とともに近代化の挫折小説

上記を知った上で、三四郎がどのような構図があるかというと、

三四郎=前近代的な旧世界(九州の古い封建社会)を体現した人物が、東京という近代化された世界に飛び込む小説である、といえます。

そうして東京で暮らす美禰子や広田先生は当時の日本で最も近代化された日本人の代表たちであり、読者である僕らは三四郎の目線に映った世界を追体験するわけでして、彼らとの交流を通じて、新しい思想や未知(女性含めて)の出来事と遭遇できるわけなんですよ。

その象徴が最初の九州から汽車に乗って東京へいくところであり、旧世界から近代国家へと向かう日本の姿(三四郎の姿)と重ね合わせていくことができます。

そしてここで重要なのは漱石は、挫折を描いているということです。

なぜなら三四郎は西洋的な女性=美禰子への憧れを描いているのですが、その気持ちが成就することなく彼女は別の男性(西洋的な男性)と結婚・結ばれるわけです。

つまり深読みするならば、三四郎は「日本の近代化の挫折」を三四郎の恋愛物語を通じて、伝えているわけでもあります。

美禰子は「謎の女」?

美禰子はやっぱり三四郎の中で中心的な人物であり主題でもあります。

なので三四郎は「美禰子をめぐる物語」とも言えます。

例えば、主題的な語られ方としては、最初の汽車で出会う女性が美禰子への暗示とも言える点。

どちらも西洋的な感じを持つ女性(過去の日本人的な女性ではない)

彼女が「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言われるわけですが、この言葉は三四郎のこの後の行動に影を落としており、女性への恐怖を植え付けられて、そのトラウマが物語全体を通じて描かれています。

なお三四郎は真の語り手は別であり、僕らは、「三四郎という視点人物」の視線を通じて作品が語られていきます。

僕たちに与えられる情報は、三四郎がみた美禰子の心情や、心の葛藤といった部分に限られてくるわけです。

要は美禰子の心理自体語られることがないんですよ。

「謎の女」と呼ばれるのは、人生経験も少なくうぶな田舎の三四郎という人物から都会で近代チックな美禰子という人物を語らせている、漱石の腕に他ならないんのです。

たかりょーの感想

男女の三角関係

昔の小説って「堅苦しそう〜」そんなイメージがあるのでは?

でも三四郎と美禰子と野々宮の三角関係を描いている恋愛小説的な体裁をとっているので、わりかし読みやすいです。

構図としては下記の通り。(矢印の向いている方に恋心を有しています)

  • 三四郎→美禰子
  • 美禰子→野々宮(三四郎?)
  • 野々宮→なし?

三四郎は明らかに美禰子を好き(意識はしていないが)で、美禰子は野々宮さんと結婚したい。しかしながら野々宮さんは研究の虫状態なので、美禰子の好意に気づきながらも恋に発展することはない。その間に美禰子は三四郎を意識する。みたいな感じです。

ここがポイントなのですが、漱石は「恋心」(好きという感情)を決して肯定的には描いてません。

なぜなら、恋心とはある意味、苦悩や偽善、自我の露出だからです。

自分は美禰子に苦しんでいる。美禰子のそばに野々宮さんを置くとなお苦しんでくる。その野々宮さんにもっとも近いものはこの先生である。だから先生の所へ来ると、野々宮さんと美禰子との関係がおのずから明瞭になってくるだろうと思う。これが明瞭になりさえすれば、自分の態度も判然きめることができる。そのくせ二人の事をいまだかつて先生に聞いたことがない。今夜は一つ聞いてみようかしらと、心を動かした。

恋は相手の心を奪おうとする戦争であり、そのために恋心を隠したり、人を欺いたり、いい子ぶったり・・・恋は決して綺麗事ではなく、自我そのものの苦しみでもあるのです。

漱石は下記のように恋に関わる人に対して露悪家という言葉を使って表現します。

偽善を行うに露悪をもってするーー昔の偽善家はね、なんでも人によく思われたいが先に立つんでしょう。ところがその反対で、人の感触を害するために、わざわざ偽善をやる。横から見ても縦から見ても、相手には偽善としか思われないようにしむけてゆく。相手はむろんいやな心持ちがする。そこで本人の目的は達せられる。偽善を偽善そのままで先方に通用させようとする正直なところが露悪家の特色で、しかも表面上の行為言語はあくまでも善に違いないから。。。

この点、露悪家は恋する人・恋される人、どちらも実際の行動にあてはめることができます。

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