夏目漱石と修善寺の大患について【ゆかりの地・スポット厳選!】

たかりょー
こんにちは、年間100冊以上の小説を読むたかりょーです。
この記事はペンちゃんのような悩みを持った人にお届けします。
ペンちゃん
・夏目漱石のゆかりの地、修善寺ってどんなところなの?
・修善寺に今度行くんだけれども漱石ゆかりの地ってどこ?

 

夏目漱石のゆかりの地でいえば、修善寺が非常に有名ですよね。

今回は漱石と修善寺の関係、そして修善寺の大患について、そして漱石のゆかりの地をめぐって、有名な修善寺の大患の解説をしようと思います。

夏目漱石は多くの病に苦しめられた人物

夏目漱石は人生で多々、病に苦しめられました。

実際どのような病気に苦しめられたかというと下記の通り。

  • 疱瘡(3歳)
  • 虫垂炎(17歳)
  • 腹膜炎(19歳)
  • トラホーム(20歳で)
  • 結核
  • 精神病(神経衰弱)
  • 糖尿病
  • 胃の不調(胃潰瘍)

漱石と修善寺の関係を語る際には、上記の中でも胃潰瘍が原因になっています。

夏目漱石と修善寺の関係について

夏目漱石は小説「門」を執筆中、明治43年5月頃から胃の不調を訴えます。

そして『長与胃腸病院』で診察を受けた結果、胃潰瘍と診断されます。

それから6月から7月にかけて、当病院で胃潰瘍の治療のために入院。

当時の漱石は43歳ですから、今の時代の僕たちからしたら、まだまだ若いのに・・・と思うかもしれません。

入院後も病気が回復することはありません。

それから門下生・松根東洋城のすすめもあって、病気療養のためにその年の8月6日に修善寺に転地することになります。

場所は今も現存する、伊豆の修善寺温泉菊屋。

療養生活としては8月6日から10月11日までの約2ヶ月の間です。

修善寺の大患とは?

修善寺温泉菊屋に滞在してからの漱石の体調はどうだったのか?

実際は、翌日からも体調はすぐれず、漱石はたびたび胃痙攣に襲われます。

そしてむかえた19日目の晩(8月24日)。

「膏汗が顔から背中に出る」ことになり、800グラムという大吐血をおこして危篤状態。

意識不明の中、一時は命の危険性が危ぶまれるほどの状態になります。

これが俗にいう修善寺の大患と呼ばれるものです。

実際、漱石は「思い出す事など」には一度死んだと書かれていますが、東京からやってきた医者や夫人鏡子、優しい看護婦に助けられて、一名を取り留めます。

そして9月も初旬になると病気も回復します。

修善寺の大患が与えた漱石作品への影響は?

彼は修善寺の大患で「死の世界を彷徨った経験」(なぜなら彼は30分死に絶えていたのですから)は彼に強い影響を及ぼします。

この大病をきっかけに、彼の人生観や作風に大きな変換が訪れます。

実際どの作品に影響を与えたのかというと、門以降の作品ですから、「彼岸過迄」「行人」「こころ」といった後期三部作です。

また自伝的な作品である「道草(みちくさ)」やらまた「明暗」ですね。

則天去私について

則天去私とは、修善寺の大患以後に漱石が達したと言われる、文学・人生の理想とした境地です。

意味としては「私心を捨て、身を天地自然に委ねて生きる」という意味。

私心という個人の自我を超えて、より大きなものに自分を委ねるという考え方。

より大きなものとは何でしょうか?神?それとも運命?

パッと意味を考えたら禅の「悟り」のような境地と思うかもしれませんが、吉本隆昭さんは明確に否定しています。

則天去私は、ギリギリまで人間の心の内部を掘り下げて追及した彼だからこそたどり着いたのかもしれません。

当然ながらこれは修善寺で死に直面した時に達した人生観でもあって、それが修善寺の大患以後の後期三部作『彼岸過迄』『こころ』『行人』には色濃く反映されています。

修善寺の大患は「思い出す事など」に記載

ちなみに修善寺の滞在のことは「思ひ出す事など」に記録があります!

何が書かれているかというと、「修善寺の大患」前後のことを自ら回想する形で書き記しています。

  • 彼がどれだけ胃に苦しめられたのか
  • 多くの人に助けられたのか
  • 自分が死んだ感覚

上記のようなことが、丁寧に書かれています。

僕自身は漱石は書いた小説でしか知らなかったのですが、初めて本人の声を聞けました。

【厳選3つ】漱石のゆかりの地、修善寺を巡る

7月の終わり。

僕は修善寺に足を運び、漱石のゆかりの場所を見てきました。

とても暑い中だったのですが、非常に楽しい思い出になりました、

湯回廊 菊屋

菊屋は修善寺温泉で400年続く旅館です。

僕はこの菊屋に泊まりました〜〜

夏目漱石が静養したのは、本館客室です。(今は「漱石の間」と呼ばれています)

ここは実際泊まることができます。(ちなみに誰も泊まれなかったら見学もできます)

写真を撮ってきたのですが、なんとそこは当時の面影のままに現存しているそうです。

モダンな造りの「本館」、露天風呂付き客室の「離れ」、吊り橋を渡った先にある「別邸水の語り部」など、多彩な客室あり。夏目漱石が静養した「漱石の間」も特別感◎全室落ち着ける内装でゆったりと過ごせます。

夏目漱石記念館

修善寺湯回廊 菊屋の近くには「虹の郷」と呼ばれるスポットがあります。

その中には、「旧菊屋旅館の別館」の、実際漱石が滞在した部屋が移築・復元されているんですよ。

夏目漱石の詩碑

「虹の郷」の近くには、「修善寺自然公園」があります。

そしてその高台には、夏目漱石自作の漢詩が祀られた詩碑があります。

どのような言葉が書かれているかというと・・・

仰臥して 人啞の如く 默然として 大空を見る。
大空 雲動かず, 終日 杳えうとして相同じ。

この言葉は「思い出す事など」に書かれており、9月29日に修善寺に滞在した病床で書かれた詩です。

強い日差しの中で佇む詩碑は、当時の漱石をしのぶような心持ちになります。

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