『大いなる遺産』徹底ガイド【あらすじ、感想文、時代背景から読み解く】

この記事は下記のような方におすすめです。

  • 『大いなる遺産』の読みどころを分かりやすく解説してほしい!
  • 『大いなる遺産』に見るヴィクトリア朝社会──物語と階級構造の関係を探る
  • 感想文用に『大いなる遺産』のどこを読めばいいのか教えてほしい!
  • 『大いなる遺産』を読んだ人の生の感想。

チャールズ・ディケンズの代表作『大いなる遺産』は、孤児ピップの数奇な運命と内面の成長を描いた、19世紀イギリス文学の金字塔です。
物語は、貧しい少年ピップが謎の恩人から莫大な遺産を受け取り、上流階級への道を歩もうとするところから始まります。しかしその「期待」が裏切られていく過程こそ、この作品の最大の見どころです。

目次

大いなる遺産ってどんな小説?【概要だよ】

『大いなる遺産』は、チャールズ・ディケンズが彼の父、ジョン・ディケンズの死後9年目に着手した作品です。

小説は1860年から1861年にかけて、ディケンズ自身が編集を務める週刊誌『オール・ザ・イヤー・ラウンド』に連載されました。

大いなる遺産はディケンズの著作の中でも骨太な構成が特徴で、評論家たちによって「完成度の高い作品」と評されています。『オリバーツイスト』や『デイビッド・コッパーフィールド』のような明るく楽観的な調子の作品とは異なり、プロットの緊密さや心理描写の細かさにおいて、ディケンズの作品の中でも最高傑作とも言われています。

Great Expectationsの「Expectations」について

『大いなる遺産』(原題 Great Expectations)というタイトルには、二重の意味が込められています。それは、文字通りの「遺産(相続の見込み)」と、比喩的な「期待(大きな夢や希望)」の両方を指しています。

この物語は、主人公ピップをはじめとする登場人物たちが抱く「将来への期待」や「人生の成功に対する希望」が、次第に現実によって打ち砕かれていく過程を描いています。中心には、相続の見込みというプロットが据えられています。

たとえば、ピップは匿名の恩人から巨額の遺産を受け取ることになり、紳士になるためロンドンへと旅立ちます。しかしそこで彼が直面するのは、放蕩と虚栄の日々。そしてやがて、彼が心の支えとしていた遺産の出どころが、実はかつて自分が食料とヤスリを渡した脱獄囚・マグウィッチであったことが判明します。

さらに、彼が想いを寄せ続けたエステラは、別の男性と結婚してしまいます。こうしてピップの抱いていた「大いなる期待」は一つひとつ崩れ去り、物語は、栄光や成功とは異なる形の成熟と赦しの道へと進んでいくのです。

『大いなる遺産』のあらすじを紹介

物語の始まりは、クリスマス・イブの寒い夕暮れ。少年ピップはテムズ川沿いの墓地で、亡き両親と兄弟たちの墓の前にたたずみ、ひとり涙を流していました。するとそこへ、足かせをはめた脱獄囚マグウィッチが突然現れ、ピップを脅して食べ物と足枷を切るヤスリを持ってくるよう命じます。

恐怖にかられながらも、ピップは憐れみの気持ちを抱き、鍛冶屋の義兄ジョーとその妻(ピップの姉)の目を盗んで食べ物とヤスリを盗み出し、マグウィッチに手渡します。その後マグウィッチは、もう一人の脱獄囚と沼地で格闘しているところを発見され、再び捕らえられます。この短い出来事が、ピップの運命を大きく動かすことになります。

ピップは善良な鍛冶屋ジョーのもとで育ちますが、内心には満たされない孤独感を抱えていました。ある日、町外れに住む大金持ちミス・ハヴィシャムの屋敷(サティス・ハウス)に招かれたピップは、彼女の養女エステラと出会います。エステラは美しく聡明ですが、冷たい態度をとり、ピップの振る舞いを「下品」だと見下します。それでもピップは彼女に強く惹かれ、「彼女にふさわしい紳士になりたい」と強く願うようになります。

やがて、ピップのもとに弁護士ジャガーズが現れ、「匿名の恩人から莫大な遺産を受け継ぐことになった」と告げます。ピップはその遺産をミス・ハヴィシャムからのものだと信じ込み、自分がエステラの夫に選ばれたのだと期待し、ジェントルマンとしての教育を受けるためにロンドンへと旅立ちます。

ロンドンでは豪奢な生活に溺れ、浪費を重ねる日々が続きますが、ある日、思いがけずかつての脱獄囚マグウィッチが自分のもとを訪れ、自分こそが遺産の送り主であると明かします。ピップは衝撃を受け、自分が見下していた存在によって支えられていたという事実に深く幻滅します。

さらに追い討ちをかけるように、エステラは別の男性と結婚してしまいます。ピップは遺産を受け取らず、マグウィッチの死後、自らの過ちを悔い、国外で働く道を選びます。

11年後、ピップは故郷に戻り、エステラと再会します。彼女もまた人生の苦難を経て変わっており、二人はかつてとは異なる落ち着いた心で向き合います。結末では、二人が静かに並んで歩く姿が描かれ、彼らが「もう二度と離れないだろう」と暗示されて物語は幕を閉じます。

『大いなる遺産』のテーマは?

たかりょー

大いなる遺産は、ピップの成長と内面の変化を軸に、愛・幻滅・許し・再生といった普遍的なテーマを描いています。彼の歩む道は、まるで霧に包まれた沼地のように不確かで困難に満ちています。でも僕が思うに、そこでの出会いや挫折が、彼にとって、また読者にとって本当の「大いなる遺産」となっていくのではないでしょうか。

  • 成功と失敗
  • 当時の監獄
  • 遺産
  • 期待(途方もない期待)
  • ジェントルマン
  • 幻滅
  • 再生
  • 犯罪と更生
  • 階級の流動性と幻想
  • 植民地イギリスの裏側

『大いなる遺産』の登場人物紹介

ペンちゃん

大いなる遺産にも、その他のディケンズ作品と同じく、実に個性的で魅力的なキャラクターたちが登場します。
ここではその主要な登場人物を紹介します!

ピップ

本作の主人公。貧しい孤児として育ち、鍛冶屋の義兄ジョーと姉に養われる。ある日、墓地で出会った脱獄囚マグウィッチに食料とヤスリを与えたことで、その後の運命が大きく動く。突然の遺産相続によりロンドンへ出て紳士教育を受けるが、贅沢と虚栄に溺れ、次第に故郷やジョーへの感謝を忘れてゆく。物語を通して自己認識と赦しに至る成長の物語を歩む。

ジョー・ガージェリー

ピップの義兄で鍛冶屋。無学だが誠実で温かく、ピップにとって子どもの頃の唯一の味方。粗野ながらも愛情深く、ピップを心から大切に思っている。後にピップがすべてを失ったとき、彼を無条件に許し、看病する。その姿は、物語の「赦し」の象徴ともいえる存在。

エステラ

ミス・ハヴィシャムの養女で、美貌と知性を持つが感情に乏しく、冷淡。ミス・ハヴィシャムに「男性を苦しめる道具」として育てられた影響で、愛を理解できない。ピップに愛されながらも彼の思いに応えられず、冷酷なドラムルと結婚。しかし後に苦難を経て人間味を取り戻し、ピップとの再会で物語は結ばれる。

パンブルチュック

ジョーの叔父。ジョーの妻と共謀し、幼いピップをいじめる。雑穀商として裕福な生活を送り、上流階級に属することを気取る。その実態は大言壮語と感受性の欠如による偽善者。

ピップが莫大な遺産を受け継ぐことになると、手のひらを返したようにピップに対して卑屈な態度をとる。この急な態度の変化は、彼の本性を象徴しており、自身の利益のために人間関係を操ろうとする彼の姿勢を浮き彫りにします。

ミス・ハヴィシャム

かつて富と美貌を兼ね備えた女性。しかし、結婚式の日に婚約者に逃げられた過去があり、それ以来男性に対して深い復讐心を抱く。結婚式の当日に婚約者に裏切られて以来、ウェディングドレスを着たまま時間を止めた生活を送り続ける。両親から相続した豊かな財産をもち、幻想的なサティスハウスという屋敷で、かつての復讐心からエステラを感情のない存在に育て上げる。後に自らの過ちを認めて悔い、炎の中で命を落とす。その運命は「過去に囚われた者」の末路を象徴する。

ハーバート・ポケット

ロンドンで出会うピップの最初の友人であり、生涯の親友。気さくで理想主義的な性格。ピップとともに放蕩生活に巻き込まれるが、やがて真面目に商売を始め、堅実な人生を築く。後にビジネスパートナーになる。 ピップにとっての良心的な存在であり、作中での「健全な友情」の象徴。「ヘンデル」という愛称でピップを呼ぶ。

人柄を表す発言
「ヘンデル、ほくの見つけた真理はね、突破口はあっちからはやっちゃ来ないが、こっちから捜しに行かなきゃならないってことさ」

ポケット氏

ミス・ハヴィシャムの親戚。ピップがロンドンで教育を受ける際に、彼を庇護する。髪の毛を吊り上げて、身体を持ち上げようとするのが癖。面倒から切り抜けようとする。

ポケット夫人

ポケット氏の妻で、貴族的な理想ばかりを語り、家庭を顧みない女性。育児を放棄し、混乱した家庭の象徴として登場。滑稽さと皮肉を含むキャラクター。

アベル・マグウィッチ

物語冒頭に登場する脱獄囚。ピップに助けられた恩を忘れず、後に流刑地ニューサウスウェールズで成功を収め、巨額の財産をピップに託す。自らの過去を清算するかのように、ピップを「本物の紳士」に育てようとするが、その愛情は復讐心と混じり合い、複雑な感情をもたらす。ピップの成長と自己理解に大きな影響を与える。

ベンティー・ドラムル

ピップの知人でありライバル。粗野で横柄な性格。エステラと結婚するが、彼女を不幸にするだけの存在。彼の人物像は、身分や金に恵まれていても品性を持たない「偽の紳士」の対極として描かれる。

ジャガーズ氏

ピップの遺産の管理者。エイベル・マグウィッチの代理人。ピップの遺産管理者でもある。冷静かつ理知的で、ロンドンの裏社会に精通している。職務中は徹底して感情を排除する。犯罪人、陪審員、裁判長などあらゆる人たちに恐れを抱かせて、彼の思惑通りに進める力がある。それゆえ尊敬もされている。ウェミックいわく底知れない人物であり、地球の反対側にあるオーストラリアみたい

ウェミック氏

ジャガーズ氏の事務員。職場と私生活(プライベート)を厳格に分ける二面性を持っている。職場の仕事中は厳格な事務員として職務を全うする(私情は一切挟まない)。一方プライベートの時は厳格な性格は影を潜めて、老人の父を大切にする。(プライベートでは「城」と呼ぶユニークな家に住み橋や堀が特徴的。、家族思いの一面を持つ)。ピップの友人であり、現実的なアドバイスをくれる良き相談相手でもある。

モリー

ジャガーズの家政婦で、実はエステラの実の母親。過去に暴力事件を起こし、ジャガーズによって弁護されて以来、彼のもとで働いている。物語終盤で明かされるこの事実は、エステラの出生の謎を解く鍵となる。

『大いなる遺産』の深読みポイント!

なぜマグウィッチはピップに遺産を残したのか?

マグウィッチがピップに遺産を相続した理由。これについて、小説をそのまま読むならば、ピップがかつて脱走を手助けしてくれた「感謝」と捉えてしまうところです。

でも僕は違う観点をもっていて、マグウィッチの遺産相続は、「自分の復讐」を叶えるためだと解釈しています。

どういうことかというと、この復讐は、罪人として自分を虫けらのように扱われ、軽蔑され続けたイギリス社会への復讐というわけです。

マグウィッチは、とにかくイギリス社会に対して深い恨みを抱いており、その社会を支配するジェントルマンへとピップを仕立て上げることで、彼を「復讐の道具」として利用しようとしているわけです。

そうさなあ、ピップ。おれがおまえをジェントルマンに仕立て上げたんだぜ。仕立て上げたのは、このおれだ。あの頃、一ギニーでも稼いだら、きっとそのギニーはおまえにやるって、誓ったんだ。その後からでも、投機で金持ちになったら、きっとおまえも金持ちにしてやるって、誓ったんだ。おまえが平穏な暮らしができるようにと、おれは波乱の暮らしもしたさ。おまえが働かないで暮らせる身分になれるようにと、死に物狂いで働いたさ。

大いなる遺産:第20章

おまえに恩を着せようとして、 こんなこと言っているのかってかい。まさか、滅相もない。おれがこんなこと言っているのは、おまえに命拾いさせてもらった、追いつめられたくそ野良犬だって、逆境にあってもこんなに胸を張って生きて、ジェントルマンを仕立て上げられたんだってところを知ってもらいたかったんだよ

たかりょー

世間を見かえしてやりたい、復讐してやりたいという復讐心。それはオーストラリアという地で無駄遣いひとつせず、こつこつと働きひと財産築き、命をかけてイギリスに戻ってくる。そうした彼の執念はすごいですよね。

とはいえ、

  1. かつて幼いピップが、命を賭けて食べ物とヤスリを差し出したという純粋な親切
  2. 自分が貧しく卑しいとされる階級の出であることに劣等感を持ちながらも、自分の手で次世代に夢を託したいという思い
  3. 「紳士とは生まれではなく、行いである」という彼なりの信念。

マグウィッチのこうした点もあったと考えられます。

とはいえ、マグウィッチの「恩義」と「復讐」は同居している点=皮肉はあると思います。彼は、上流階級社会から冷たく扱われた自身の過去を晴らすかのように、ピップを“紳士”に仕立て上げ、「社会を見返してやりたい」という動機も持っていたことはしっかりと把握しておいた方がいいです。

ピップはなぜ恩人マグウィッチへの「嫌悪感」を抱いたのか?

『大いなる遺産』の中で、特に印象的かつ物語の転換点となるのが、ピップが自分に巨額の遺産を与えた恩人が、かつて墓地で出会った脱獄囚マグウィッチであることを知る場面です。

「わしがお前を紳士にしたんだ」とマグウィッチが正体を明かしたとき、ピップが感じたのは感謝ではなく、深い嫌悪と衝撃でした。

なぜピップは、命の恩人でもあるマグウィッチに対して、これほどまでに拒絶反応を示したのでしょうか。

その理由は、ピップが「紳士」になる夢を追い求める過程で、身分や階級に対する強い執着を抱いていたからです。彼は、遺産の出所を裕福な上流階級の女性ミス・ハヴィシャムだと信じて疑わず、彼女が自分をエステラの相手にふさわしい紳士へと導いてくれていると考えていました。

そしてこの幻想の根底には、エステラとの出会いがあります。サティス・ハウスでの彼女の冷ややかな言葉や態度を通じて、ピップは初めて自分の「卑しい」出自――鍛冶屋ジョーの家に育ち、粗野な言葉を話す労働者階級の少年であること――に強い劣等感を抱くようになります。彼女に見下され、「下品」と評されたことは、ピップにとって心の傷となり、それまで愛していたジョーの存在さえ疎ましく思うようになってしまったのです。

つまり、ピップにとって紳士になるということは、労働者階級の過去を捨て、高貴な階層に「生まれ変わる」ことを意味していました。彼は自分の人生が、由緒ある上流の家柄によって支えられていると信じることで、自分の価値を肯定しようとしたのです。

ところが、現実はその真逆でした。自分を支えていたのは、まさに自分が否定し、切り捨てようとしてきた「犯罪者であるマグウィッチ」の金だった。これは、ピップにとって自分のアイデンティティを根底から揺るがす事実です。どれほど外見や教養を取り繕っても、自分の「成り上がり」が最下層の人間によるものだったという事実は、彼の心に深い屈辱と混乱をもたらしました。

この瞬間、ピップの「大いなる期待」は崩れ去ります。それは単なる遺産の喪失ではなく、「高い身分に生まれ変われるはずだった自分」が幻想だったという、痛烈な自己認識の結果なのです。彼は、人生は階級を超えて「変えられる」と信じていました。しかし、この事実が突きつけるのは、社会と自分自身に対する強烈な幻滅であり、現実はそう単純には変わらないという厳しさでした。

『大いなる遺産』を歴史・時代背景から読み解く

ヴィクトリア朝と階級社会

『大いなる遺産』は、19世紀中葉のヴィクトリア朝イギリスを舞台としています。産業革命を経て経済は発展していたものの、厳格な階級制度都市と農村の格差貧困と犯罪の連鎖が社会に根強く残っていました。

階級の流動性はわずかに高まったとはいえ、「ジェントルマン」や「レディ」という肩書きは、出生・家柄・教養・資産によって定義されており、庶民が上流階級に食い込むのは極めて困難でした。

労働者階級や貧困層は、教育の欠如・不衛生な住環境・長時間労働・法制度の不平等などに苦しんでいました。

このような背景の中、ピップが「紳士になる」ことを夢見るのは、単なる身分上昇ではなく、「社会における尊厳」を求める行為でもあります。

マグウィッチとオーストラリア流刑の歴史的背景

マグウィッチが渡った「オーストラリア(ニューサウスウェールズ)」は、当時のイギリスにとって犯罪者を流刑に処すための主要な植民地の一つでした。

18世紀末から19世紀半ばにかけて、イギリスは犯罪者をアメリカ→オーストラリアへ送る流刑政策(Transportation)を実施。

多くの罪人が重犯罪でなくても(例:盗みなど)、「7年〜終身刑」の流刑に処され、約16,000kmも離れた植民地に送られました。

オーストラリアでの生活は過酷でしたが、ある程度の労働の対価として報酬が支払われることもあり、努力次第で財を成すチャンスもありました

マグウィッチはまさにその「流刑者のひとり」でありながら、現地で真面目に働き、牧羊業や商売で成功を収め、巨額の財産を築いたと描かれています。

マグウィッチが流刑先で富を得て帰還するというプロットは、ヴィクトリア朝の読者にとって、希望と不安、階級秩序への挑戦として映ったはずです。

【参考にして!】読書感想文

たかりょー

最後に僕なりに読書感想文を書くなら、という視点で書かせえてもらいます!

ピップとマグウィッチの出会いがもたらしたもの

『大いなる遺産』を読んで、最も印象に残ったのは、物語冒頭に描かれる主人公ピップと脱獄囚マグウィッチとの出会いです。この出会いが、物語全体の方向性を決定づけるばかりでなく、ピップという人物の精神的成長や葛藤、そして彼の「大いなる期待」のはじまりにも直結していると感じました。

ピップが最初にマグウィッチと出会ったのは、クリスマス・イブの寒く寂しい墓地でした。鉄の足かせをつけた恐ろしい囚人が、突然目の前に現れ、ピップに食べ物とヤスリを持ってくるよう脅します。ピップは怯えながらも、家から食料とヤスリを盗み、彼に渡します。

ここで注目したいのは、この行動が単なる「親切」や「恐怖からの従順」ではなく、ピップにとって初めての“道徳的葛藤”をともなう体験であったという点です。家族から盗むという行為は、幼いピップに強い罪悪感を植えつけ、自分の中にある「正しさ」について考えるきっかけになります。彼はこの体験を通じて、自分という存在に初めて向き合うようになるのです。

さらにこの「盗み」は、社会や家族に対する一種の“反抗”でもあります。支配的な姉と、その影に隠れるように生きていたピップが、自分の意志で行動する第一歩であり、それはやがて、自分を育ててくれたジョーを恥じるようになり、労働者の鍛冶屋ではなく「紳士」として生きる道を選ぶという、より大きな反抗へとつながっていきます。

そして驚くべきことに、この物語の後半で、かつてピップに助けられたマグウィッチが、彼に莫大な遺産を残していたことが判明します。つまり、あのとき食料とヤスリを渡した行為こそが、ピップの「大いなる期待」——ジェントルマンとして生きる未来——を可能にしたわけです。

もしあの墓地でマグウィッチと出会わなかったら、ピップはエステラに恋をすることもなかったでしょうし、紳士になろうと志すこともなかったかもしれません。貧しく平凡な鍛冶屋として、ジョーの隣で静かに生きていたかもしれない。そう考えると、この出会いは単なる偶然ではなく、運命そのものであり、物語のすべての起点だったのだと思います。

読書を通して私は、「出会い」というものが人生にどれほど深い影響を与えるかを考えさせられました。ピップにとってのマグウィッチのように、誰かとの出会いが、人の人生の向きや価値観を大きく変えることがある。その出会いがどんなに意外で、時に恐ろしく見えても、それが成長や転機のきっかけになるのだと、『大いなる遺産』は教えてくれた気がします。

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この記事を書いた人

読書好きブロガー。とくに夏目漱石が大好き!休日に関連本を読んだりしてふかよみを続けてます。
当ブログでは“ワタクシ的生を充実させる”という目的達成のために、書くを生活の中心に据え(=書くのライフスタイル化)、アウトプットを通じた学びと知識の定着化を目指しています。テーマは読書や映画、小説の書き方、サウナ、アロマです。

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