漱石講演『文芸と道徳』の内容・テーマ解説&名言【←道徳感を学べます】

目次

『文芸と道徳』って?概要紹介!

夏目漱石は専属として朝日新聞社に勤めて小説を書いていた頃、仕事の関係で、各地で講演を開いていました。

「文芸と道徳」は明治44年(1911年)8月、大阪で実施した短い講演を書物という形で残しています。

「昔の道徳と今の道徳と云うものの区別、それからお話をしたいと思いますが――」と講演の最初にある通り、この作品は漱石の「道徳」の考え方を学ぶことができます。

そして漱石作品を理解する上で、「道徳」・「倫理」・「道徳」という点は非常に重要なテーマです。例えば名作こころの下先生と遺書の前半でも、

この性分が倫理的に個人の行為やら動作の上に及んで、私は後来ますます他の徳義心を疑うようになったのだろうと思うのです。

というように、倫理的なものはその人の人生全体を規定する、といっても過言ではないような扱いなのです。

1911年の漱石はなにをしていた?

1911年は前年に朝日新聞で連載していた前期三部作最後の「門」を1月に発表しました。

そして、8月には朝日新聞社の仕事の一環で関西へ講演にいきました。

ちなみに前年はいわゆる、修善寺大患で胃かいようで大量の吐血から人事不省となりましたが、その翌年で胃潰瘍再発して入院・退院し、痔の治療もしました。

また有名な「文学博士号辞退」もこの歳で、さらに愛娘であるひな子も突然死で失っています。(その体験が自作の彼岸過迄で反映されています)

「文芸と道徳」で論じる道徳とは?

明治維新前は忠臣-孝子-貞女というような「完全な理想的の型」というものがあって、その型に基づいて評価されてきた。そして模範どおりに努力をすることが将来の成功につながるという道徳観であったわけです。

では個人を考えたらどうなるかいうと、「まず個人にあってはすでに模範が出来上りまたその模範が完全という資格を具そなえたものとしてあるのだから、どうしてもこの模範通りにならなければならん、完全の域に進まなければならん」わけです。

そして「向上の精神」という点において、皆それぞれ励んでいくことを余儀なくされます。つまり個人においての自由であったり、個人存在というのはかなり制限されてくるわけです。

社会においては「忠臣孝子貞女を押し立てて、それらの存在を認めるくらいだから、個人に対する一般の倫理上の要求はずいぶん苛酷なもの」として扱われます。例えば一つの大きな過失を犯したら、個人は切腹、お家は潰れるみたいなことはザラにあったわけです。

つまり「道徳」という点において、「完全な理想的の型」に外れた行為は、社会制裁が非常に悪辣かつ過酷なのです。

上記の話の中で個人的一番ささったのは、上のような「完全な理想的の型」があった理由として、当時の人が

人間はどう教育したって不完全なものであると云うことに気がつかなかった。

のが原因だったと漱石が述べたところ。

これは非常に漱石文学に通じるところがあり、漱石の主人公たちの大半が「不完全さ」を抱えている点があげられます。

かたや明治維新後はどうなったかというと、倫理観の程度が低くなってきたといいます。

維新後の道徳が維新前とどういう風に違って来たかと云うと、かのピタリと理想通りに定った完全の道徳というものを人に強うる勢力がだんだん微弱になるばかりでなく、昔渇仰した理想その物がいつの間にか偶像視せられて、その代り事実と云うものを土台にしてそれから道徳を造り上げつつ今日まで進んで来たように思われる。

つまり理想形の人間は理想像のままで崩壊して、その代わりありのままの事実を土台にした道徳観がつくられてきたといっています。

そして徳義上の評価率が変化したことで、個人においては、倫理的意義を含む個人の行為が幾分か自由になって、例えば「私は不完全な人間です」というように自分の弱さを本音として世間にさらけだせるわけです。

そして社会においてはそれを聞いた人も咎めることもしなくなったわけです。

要は道徳というの時代の変遷とともに「評価率」というのが変化していくわけです。

「文芸と道徳」はなにが言いたい?テーマは?

「文芸と道徳」は明治維新前から明治時代当時に至る道徳の関係から論じて、文芸における浪漫主義と自然主義とも関係づけながら、文芸と道徳は切っても切り離されない”関係性”があるのだ、という点を論じています。例えば下記の言葉なんかはまさにそれをいっています。

両者は元来別物であって各独立したものであるというような説も或る意味から云えば真理ではあるが、近来の日本の文士のごとく根柢のある自信も思慮もなしに道徳は文芸に不必要であるかのごとく主張するのははなはだ世人を迷わせる盲者の盲論と云わなければならない。文芸の目的が徳義心を鼓吹するのを根本義にしていない事は論理上しかるべき見解ではあるが、徳義的の批判を許すべき事件が経となり緯となりて作物中に織り込まれるならば、またその事件が徳義的平面において吾人に善悪邪正の刺戟を与えるならば、どうして両者をもって没交渉とする事ができよう。

太字のところを注意して読むと、つまり『文芸において道徳は不可欠である』とも解釈できますよね。

そして講演の最後、漱石は以下のように締め括っています。

我々人間としてこの世に存在する以上どうもがいても道徳を離れて倫理界の外に超然と生息する訳には行かない。道徳を離れることができなければ、一見道徳とは没交渉に見える浪漫主義や自然主義の解釈も一考して見る価値がある。この二つの言葉は文学者の専有物ではなくって、あなた方がたと切り離し得べからざる道徳の形容詞としてすぐ応用ができるというのが私の意見で、なぜそう応用ができるかという訳と、かく応用された言葉の表現する道徳が日本の過去現在に興味ある陰影を投げているという事と、それからその陰影がどういう具合に未来に放射されるであろうかという予想と――まずこれらが私の演題の主眼な点なのであります。

つまり、時代を変遷しながら文学という形は変化してきたのですが、『文芸は社会の道徳と切っても切れない縁で結びつけられている』わけですから、その時代の文学にはある程度の「道徳」というのが見え隠れしてくるわけです。

とくに「倫理的の分子が倫理的に人を刺激するようにまたそれを無関係の他の方面にそらす事ができぬように作物中に入込んで来たならば」道徳と文芸というものは、けっして切り離す事のできないものとなるのです。

そうなると文学をしっかりと読み解くことで、日本の過去-現在-未来において、道徳が1.どうあったのか(過去)、2どうあるのか(現在)、3どうなっていくのか(未来)を理解でき、さらにその時代の人間も道徳観に規定できるわけなので、当時の人物の倫理観を掴むきっかけにもなるわけです。

さらにいれば、だからそれである以上、倫理面に活動するていの文芸は吾人内心の欲する道徳と乖離しないとしており、つまり作家においては、己の道徳というもの見方・考え方が作品に影響を及ぼすという点も伝えています。

『文芸と道徳』からKの自殺を考えてみる

こころのKが自殺した理由ですが、お嬢さんへの恋心が芽生えたことによって、Kが目指す「道」との間で葛藤が生じ、自分の中に矛盾が生じた。そして自分自身への恥から自殺したというのが僕の論です。

さてここで立ち止まって考えみてください。

Kというのは、「文芸と道徳」でいうところの維新前の江戸時代の武士的な考えをもっていませんか?

ことにKは強かったのです。寺に生れた彼は、常に精進という言葉を使いました。そうして彼の行為動作は尽くこの精進の一語で形容されるように、私には見えたのです。

その時彼の用いたという言葉は、おそらく彼にもよく解っていなかったでしょう。私は無論解ったとはいえません。しかし年の若い私たちには、この漠然とした言葉が尊く響いたのです。よし解らないにしても気高い心持に支配されて、そちらの方へ動いて行こうとする意気組に卑しいところの見えるはずはありません。

Kにおいては「完全な理想形」=「道」があったわけで、そこに到達するまで「純一無雑の状態」=「精進」するつもりだったのです。

さらにいうならばKは養家の希望である「医者」というのはどこか近代的な職の響きがあります。そしてKはその意向に背いてまで、前時代的で、仏教的な響きもある「自分の行きたい道」をひたすら進んでいたのです。

そうなると、Kが自殺した理由は2重の意味を帯びてきます。つまり

  1. お嬢さんを愛してしまい精進の道からそれて、私から「精神的に向上心がないものは馬鹿だ」と言われた事で、武士でいうところの「切腹」的な意味
  2. そもそも「養家の希望に背く」という社会的な地位をおぼやかしてまで進んだ道を、お嬢さんを愛してしまう「個人的な意図」から断念したから

最後に私はKといっしょに住んで、向上の路を辿って行きたいと発議しました。私は彼の剛情を折り曲げるために、彼の前に跪まずく事をあえてしたのです。そうして漸の事で彼を私の家に連れて来ました。

漱石が語る「日本人たる資格」とは?

文芸と道徳には漱石が今後の日本人が目指すべき姿が描かれています。

今後の日本人にはどういう資格が最も望ましいかと判じてみると、実現のできる程度の理想を懐いて、ここに未来の隣人同胞との調和を求め、また従来の弱点を寛容する同情心を持して現在の個人に対する接触面の融合剤とするような心掛け ー これが大切だろうと思われるのです。

つまり現在の私は、「現在」という点的な立場ではなく、過去と未来の「接合点」としての役割を担い、そのような自覚をもとうというわけです。

『文芸と道徳』を理解する上で必要な用語

浪漫主義とは?

ロマン主義とは、18世紀に始まった文化・精神運動で、古典主義・教条主義に対する反発から生まれました。個人の主観を重視し、自我の解放と確立を目指し、感情的で抒情的な表現が特徴です。この運動は文学、美術、音楽、演劇などの分野に広がり、西欧近代国民国家の形成にも貢献しました。日本でも、明治時代に西欧ロマン主義の影響を受け、森鴎外の『舞姫』などがロマン主義文学の代表的な作品となりました。大正時代には自然主義への移行によって衰退しましたが、「大正浪漫」と呼ばれる時代背景があったことから、現在でもその名前で知られています。

自然主義とは?

自然主義とは、19世紀末から20世紀初頭にかけてフランス文学で展開された文学運動で、科学的な観察と分析に基づき、社会の暗部や人間の本性を描き出すことを目的としています。その思想は、日本の文学にも影響を与え、自然主義文学として知られる作品が多く生まれました。

日本で代表的な自然主義作家は以下の人々がいます。

  1. 島崎藤村(1866-1943)- 「破戒」、「若菜集」などの作品で知られる。島崎藤村は、性的な題材を扱い、現実的で緻密な描写によって人間の欲望や苦悩を描き出しました。
  2. 田山花袋(1879-1958)- 「半自然」、「山月記」などの作品で知られる。田山花袋は、自然主義の手法を用いつつ、抒情的な文体で自然や季節感を描写しました。
  3. 樋口一葉(1874-1896)- 「たけくらべ」、「たまき」などの作品で知られる。樋口一葉は、貧しい生活や女性の内面を描写し、自然主義の手法を用いてリアリズムに基づく描写を試みました。

『文芸と道徳』では、自然主義の目指すべきところは、

ありのままの本当をありのままに書く正直という美徳があればそれが自然と芸術的になり、その芸術的の筆がまた自然善い感化を人に与える

と書かれています。つまり、自然主義は浪漫主義とは異なり、「ありのままを衒わないで率直素直に書く」ところに使命があるのだから、道義の分子はあるわけです。

だから自然主義にも、「道徳的に書く」という部分を要請されます。

名言!『文芸と道徳』これは覚えておきたい

局外者の立場から物を言う奴も、いつその当事者になるかわからんぞ!

普通一般の人間は平生何も事の無い時に、たいてい浪漫派でありながら、いざとなると十人が十人まで皆自然主義に変ずると云う事実であります。という意味は傍観者である間は、他に対する道義上の要求がずいぶんと高いものなので、ちょっとした紛紜でも過失でも局外から評する場合には大変苛い。すなわちおれが彼の地位にいたらこんな失体は演じまいと云う己を高く見積る浪漫的な考がどこかに潜んでいるのであります。さて自分がその局に当ってやって見ると、かえって自分の見縊った先任者よりも烈しい過失を犯しかねないのだから、その時その場合に臨むと本来の弱点だらけの自己が遠慮なく露出されて、自然主義でどこまでも押して行かなければやりきれないのであります。だから私は実行者は自然派で批評家は浪漫派だと申したいぐらいに考えています。

これは令和の現代においてもいえることですよね。

例えば「浮気はだめだ!」とかいって傍観者の立場から芸能人批判していたにもかかわらず、いざ当人の目の前に素敵な女性が現れたら、自分でいったことはどこへやら・・・泥沼の浮気をしてしまう。みたいなこともあるんですよね。

いつでも理想はもて!社会に生きる。人間として生きる名言

私はどんな社会でも理想なしに生存する社会は想像し得られないとまで信じているのです。現に我々は毎日或る理想、その理想は低くもあり小くもありましょう、がとにかく或る理想を頭の中に描き出して、そうしてそれを明日実現しようと努力しつつまた実現しつつ生きて行くのだと評しても差支ないのです。人間の歴史は今日の不満足を次日物足りるように改造し次日の不平をまたその翌日柔らげて、今日までつづいて来たのだから、一方から云えばまさしくこれ理想発現の経路に過ぎんのであります。

鼓舞される言葉とはまさにこれ。

人間は一元的に抱えられない

さて自然の事実をそのままに申せば、たといいかな忠臣でも孝子でも貞女でも、一方から云えばそれぞれ相当の美徳を具えているのは無論であるがこれと同時に一方ではずいぶんいかがわしい欠点をもっている。すなわち忠であり孝であり貞であると共に、不忠でもあり不孝でも不貞でもあると云う事であります。

清廉潔白の紳士も、その裏側にかならず欠点をもっている。人間存在の「よく分からなさ」「不明瞭さ」がわかる文章です。

動的に時代をとらえる漱石の聡明な視点

社会というものは何時でも一元では満足しない。浪漫主義の道徳が行き詰れば自然主義の道徳が段々と頭をもたげ、また浪漫主義の弊が顕著になって眠気に襲われるとまた浪漫主義のが反動として起るのは当然の理であります。歴史は過去を返すというのは此所の事に外ならんのですが、厳密な意味 でいうと、学理的に考えてもまた実際にして見ても、一遍過ぎ去ったものは決して繰返されないのです。 繰返されるように見えるのは素人だからである。だから今もし小波瀾としこの自然主義の道に反抗してるものがあるならば、それは浪漫派に違いないが、 維新前の浪漫派が再び勃興する事はとうてい困難である、また駄目である。同じ浪漫派にしても我々現在生活の陥欠を補う新らしい意義を帯びた一種の浪漫的道徳でなければなりません。

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この記事を書いた人

読書好きブロガー。とくに夏目漱石が大好き!休日に関連本を読んだりしてふかよみを続けてます。
当ブログでは“ワタクシ的生を充実させる”という目的達成のために、書くを生活の中心に据え(=書くのライフスタイル化)、アウトプットを通じた学びと知識の定着化を目指しています。テーマは読書や映画、小説の書き方、サウナ、アロマです。

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